2013年11月29日

昭和の歌姫B面祭り(01) やまがた すみこ / あの人が好きなのに(昭和48年)

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 昭和48年にデビューした代表的な女性歌手は、浅田美代子、あべ静江、安西マリア、キャンディーズ、桜田淳子、山口百恵。

 一人を除いて歌がうまく、いずれもかなり強い個性を持った歌い手だったから、デビューしたとたん人気に火がついた。

 一方、同じ年にデビューした「やまがた すみこ」だが、そこそこ注目した人もいたものの、人気に火がつくほどではなかった。清涼感のある歌声は、前述の方々を圧倒していたのに。なんでだろ。

 彼女のファーストシングルは『風に吹かれて行こう』。当時としてはめずらしい自作曲だったのだが、おそらく、それが大躍進を阻んでいたのではないかと思われる。

 世間の動きに敏感に反応し、計算づくで作詞作曲をする老獪なオトナとくらべたら、16歳の少女の作品は、純粋ではあるものの、コクがなくキレ味に欠けるのだ。

 デビューの翌月、ファーストアルバム『やまがたすみこフォークアルバム第一集 風、空、そして愛』をリリース。こちらは自作曲のほか「この広い野原いっぱい」(森山良子)などが入っていて、実に見事な歌いぶりを披露。同じ高音でも、ベタつく良子とサラサラすみこでは、すみこに軍配が上がる。



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2013年11月30日

昭和の歌姫B面祭り(02) ちあき なおみ / 恋のめくら(昭和45年)

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 ちあき なおみのデビューシングルは『雨に濡れた慕情 / かなしい唇』。昭和44年のことだ。

 以降、立て続けにシングルリリースするもパッとしなかったのだが、翌年、4枚目の『四つのお願い / 恋のめくら』が出たとたん、あっと驚く大ヒットとなった。

 どのような『お願い』かというと、「優しく愛せ」「我がまま言わせろ」「寂しくさせるな」「人に言うな」の4つ。「しょうがね〜な」と思いつつ聴いていたら、二番三番と『お願い』が続く。要するに、四つ×三番の『十二のお願い』なのである。

 さすがに問題になった。でも『お願い』の内容ではなく『四つ』のほう。部落差別を連想する差別用語としてアウトとなり、昭和50年代の半ば以降は放送自粛。CD化も控えられることになる。※現在は問題なく、放送でも取り上げられ、CDのベスト盤にも収録。

 さてB面だが、なんと『恋のめくら』なのだ。「めくら」は障害者を差別する言葉として放送禁止用語。現在も、この1曲だけがCD化されていない。言い換えて「恋の視力障害者」あるいは「恋の目の不自由な方」にすればOKになりそうなのだが。
 



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2013年12月01日

昭和の歌姫B面祭り(03) ザ・ピーナッツ / チャオ(昭和38年)

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 デビューが昭和34年、引退が同50年。ザ・ピーナッツの活躍期間は16年ということになる。長いか短いか。同じ年にデビューしたこまどり姉妹は、いまだ現役を通している。

 姉(伊藤エミ)と妹(伊藤ユミ)の身体上の違いはホクロの有無。デビュー当時、ユミはマジックインクを使ってホクロを描いていたというから愉快。シングル盤『恋のバカンス』のジャケ写では、両人ともホクロ付きだ。

 ユミがメロディーライン、エミがハーモニーの担当。譜面がなくてもハーモニーをつけることが出来たというから、歌のセンスは当時から抜群だった。

 さらに、持ち歌以外の歌でも、すべて歌詞を全部暗記していたという。これは記憶力抜群というよりも、二人とも近眼のため、カンニングペーパーが役立たずだったことによる

 さてB面の『チャオ』だが、元歌はカテリーナ・バレンテのもの。昭和43年9月26日、TBS系で放送された『植木等ショー/ザ・ピーナッツと共に』の中で歌われているのだが、植木等との掛け合いは満点。いい曲である。



 ついでだから、カテリーナ・バレンテが歌った『恋のバカンス』も載せておこう。

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2013年12月02日

昭和の歌姫B面祭り(04) ピンキーとキラーズ / つめたい雨(昭和43年)

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 昭和42年、ビクターから『甘ったれたいの』でデビューした今陽子は、翌43年、キングに移籍。というより引き抜きにあった。

 キングで待ち受けていたのは殺人者たち。ソロ歌手から一転して「ピンキーとキラーズ」となり、すぐにリリースしたのが『恋の季節』。大ヒット。その年の日本レコード大賞新人賞を受賞した。

 面白くないのはビクター。「15歳なのにオトナびたコトするじゃねぇ〜か」と云って悔しがったかどうかは定かではないが、急遽、対抗馬「チコとビーグルス」をデビューさせ、『帰り道は遠かった』をぶつけた。

 結果? ヤボだから書くまい。


 さてB面の『つめたい雨』だが、youtubeに投稿されていたものは、すべて見ることができなくなっている。

 しかたがないから『恋の季節』の「ちんどん屋さんバージョン」と「ジャズバーション」、ついでにチコとビーグルス「帰り道は遠かった」(トンネル天国のあと2:57〜)を聴いてみよう。






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2013年12月03日

昭和の歌姫B面祭り(05) 北原ミレイ / その時花はアカシアだった(昭和45年)

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 昭和45年、北原ミレイは『ざんげの値打ちもない』でデビュー。あの声、あの歌い方だから、怨念というか執念というか、ドロドロとしたオンナの生き様がストレートに伝わったのだろう、またたく間に一世を風靡した。

 同じ年にデビューしたのは藤圭子。美少女なのにハスキーボイス、知的な雰囲気なのに「昨日マー坊、今日トミー」だから、世間はギャップに驚く。驚いた拍子に、『圭子の夢は夜ひらく』も一世を風靡。

 もっとも、浪曲師(父)と民謡歌手(母)の間に生まれ、6歳の頃から北国をドサ回りしていたという「幸薄き少女」というふれ込みだったから、同情も多かった。

『ざんげ』だが、歌い出しは「やっと十四になった頃」で、悲惨な結末を迎えるのは「二十も過ぎた頃」。一方の『圭子の』は、「十五、十六、十七と」で始まるが、その後がないから十七止まり。夜とはいえ、夢がひらくのだからええんじゃないの、と思うんだけど。

 この数字の意味だが、「やっと十三」では字余りだし、「やっと十五」では江戸時代の元服みたいだから、やっぱり「やっと十四」なんだろうな。

「十五、十六、十七」は、もうこれしかない。「十四、十五、十六」ではお尻がくすぐったくて間抜けな感じだし、「十六、十七、十八」ではオトナ直前の感じがして落ち着かない。

 さてB面『その時花はアカシアだった』だが、どこをどう探してもない。しかたがないから、デビュー翌年にリリースした『棄てるものがあるうちはいい』のB面『あなたのお部屋』でお茶をにごすことにする。

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