2013年09月26日

昭和のジャズ喫茶(01) 銀座 ろーく (昭和37年)

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 銀座のど真ん中、3丁目にあったジャズ喫茶。記憶では店の看板に「69」とあった。要するに「くろ(黒)」なんだが、「ラーハがリーへだからシーメでもクーイ?」(腹が減ったから飯でも食いに行く?)という調子の世界だから「ろ〜く」。

 正面に置かれていたのは、米国アルティック社のスピーカー「ALTEC LANSING A7system」。ボイス・オブ・ザ・シアターと名付けられた劇場用スピーカーシステムだった。超ド迫力。

 昭和50年代になるとランチサービスで昼食を出すようになり、しばらくして閉店。

画像データ:喫茶ろーく/『スイング ジャーナル』昭和37年5月号

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2013年09月27日

昭和のジャズ喫茶(02) 神田駿河台 ニューポート (昭和35年)

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 純喫茶ニューポートがあったのは学生街の神田駿河台。

 わずかな通路を残し、椅子とテーブルがびっしり詰め込まれた新宿あたりのジャズ喫茶とは異なり、なんだか田舎のお好み焼き屋さんのような明るい雰囲気だった。

「モダンジャズしかない店」とあるが、本棚にコミック本が大量に置かれていたから正確には「マンガとモダンジャズしかない店」。

 陽光射し込む店内で、ジャズを聴きながらマンガを読めたのはココだけ。

画像データ:純喫茶ニューポート/『スイング ジャーナル』昭和35年3月号

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2013年09月28日

昭和のジャズ喫茶(03) 新宿 木馬 (昭和35年)

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 新宿都電終点前にあった木馬。

 店内、椅子とテーブルがビッシリと並んでいて、相席は当たり前。片っ端から詰め込まれたから、アベックと一緒になったときなど、落ち着かないことおびただしかった

 夕暮れどき、しょんべん横丁で鯨カツを食べ、そのあと木馬。いつも満員だったような気がする。

画像データ:木馬/『スイング ジャーナル』昭和35年3月号

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2013年09月29日

昭和のジャズ喫茶(04) 新宿 ポニー (昭和35年)

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 国鉄新宿駅東口前、芝生のスペースは「グリーンハウス」と呼ばれていた。

 フーテン族の野宿場所だったが、ウワサを聞きつけた学生が集まり過ぎ、たまりかねた警察が芝生を剥ぎ取ってしまったことがあった。

 フーテン族を横目に、左に進めば風月堂。そのまま真っ直ぐ歌舞伎町方面に進めばジャズ喫茶ポニー。

 人恋しいときは風月堂、無我の境地に至りたいときはポニーだったな。

画像データ:ポニー/『スイング ジャーナル』昭和35年3月号

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2013年09月30日

昭和のジャズ喫茶(05) 吉祥寺 ファンキー (昭和36年)

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 吉祥寺を代表するジャズ喫茶だった。跡地には吉祥寺パルコが建っている。

 スピーカーの王様、米国JBL社の「パラゴン(PARAGON) D44000」が設置されていたらしい。王様らしく、大卒初任給が2万4000円ほどだった昭和40年頃の価格が168万円也。

 体型も王様サイズ。幅2630×高さ900×奥行610ミリの一体型で重量266キロ。一般的な江戸間サイズの四畳半(2640ミリ四方)には入らないかも。

 訪れてみたかった店だ。

画像データ:ファンキー/『スイング ジャーナル』昭和36年1月号

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