2017年02月01日

聴かずに死ねるか(71)Maximilian Geller Quintet - Adagio

『Albinoni's Adagio(アルビノーニのアダージョ)』を作曲したのは、イタリアの音楽学者Remo Giazotto(レモ・ジャゾット/1910〜1998)。

 空襲で廃墟となった図書館から発見されたのはTomaso Albinoni(トマゾ・アルビノーニ/1671-1750)が作曲したと思われる『Sonata G-moll(ソナタ ト短調)』の断片。音楽学者は、それを基に弦楽合奏とオルガンのための小品『Adagio in sol minore per archi e organo』を作り上げた。1958年のことだ。

 断片とは「通奏低音パートと6小節の2つの旋律パート」。ところが小品には断片の跡形もなく、Albinoniの作曲様式にも合っていないらしい。要するに『ジャゾットのアダージョ』というわけ。断片が公表されていないのでなんとも言えないけど。

 楽器編成は弦楽5部とオルガン。主旋律だけのソロ演奏でも、あふれんばかりの哀愁を感じるから、ジャンルの垣根を越え、いまやもっともポピュラーな作品といってもいい。

 中でもMaximilian Geller Quintet(マキシミリアン・ゲラー・クインテット)の演奏は聴きごたえあり。Maximilian Gellerのサックスを中心にしたカルテットに、ソプラノ歌手のBrigitte Geller(ブリジッテ・ゲラー)が加わった6分にも満たない演奏だが、みなぎる緊張感がすごい。

▲Maximilian Geller Quintet『Adagio in g-moll』。歌姫Brigitteは、ヨーロッパのオペラハウスで活躍する歌手。サックスのMaximilianは兄。抑制の効いたピアノはドイツのピアニストWalter Lang(ウォルター・ラング)。

▲Orchestra da Concerto di Vienna & Kurt Steiner『Adagio di Albinoni』。譜面に忠実な演奏。作曲者は、音楽学者Remo Giazottoの名前になっている。

▲Trio Renaissance(トリオ・ルネッサンス)『Adagio』。ヴァイオリン+ツィンバロン+パンフルートの3人組。妙な組み合わせだが、エキゾチックで清々しさを感じる。

▲Elmira Kalimullina(エルミラ・カリムリナ)『Adagio of Albinoni』。ロシア連邦タタール共和国の歌手。同業のLara Fabian(ララ・ファビアン)よりもいいと思う。昨年、カザンのマラソン大使になったんだって。

▲Il Divo(イル・ディーヴォ)『Adagio』。2004年にイギリスでデビューした4人組のヴォーカル・グループ。それぞれ出身国は異なるというから愉快。ポップ+オペラでポペラだそうだ。

▲8歳からギターを弾き始めたイタリアのギタリストRenato Bellucci(レナート・ベルッチ)が奏でる『Adagio』。トレモロから始まる珍しいアレンジ。


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2017年02月03日

聴かずに死ねるか(72)Charlotte Gainsbourg - L'un part…

 ガラス細工のような華奢な旋律に、ささやくようなCharlotte Gainsbourg(シャルロット・ゲンズブール)の歌声が重なる『L'un part, l'autre reste(ひとりが去り、ひとりが残る)』は、彼女が出演した映画の主題歌。

 その映画とは『L'un reste, l'autre part(ひとりは残り、ひとりは去る)』(2005年)。去って残るか、残って去るか・・・別れに違いはないが、なんだかややこしいフランスの愛の物語だ。

 Charlotteの父はSerge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)、母はJane Birkin(ジェーン・バーキン)。いずれも俳優、歌手だが、母の名前はエルメスのバッグでも有名。

 それにしてもCharlotteの歌いぶりはええね。一瞬、Françoise Hardy(フランソワーズ・アルディ)を思わせるものの、明らかに、ため息感が異なる。貴重な歌手だと思う。

▲Charlotte Gainsbourg『L'un part, l'autre reste』。1971年生まれの45歳。映画デヴューは13歳のときだ。

▲フランス映画『L'un reste, l'autre part』(2005年)予告編。監督はClaude Berri(クロード・ベリ)。

▲Sylvie Vartan(シルビー・バルタン)『L'un part, l'autre reste』。フランスのテレビ局「france2」の公開音楽番組『Vivement Dimanche(日曜日が待ち遠しい)』での収録。


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2017年02月06日

聴かずに死ねるか(73)Nina Hagen – Over The Rainbow

 Nina Hagen(ニーナ・ハーゲン)は東ベルリン生まれ。西ドイツに亡命してNina Hagen Bandを結成したのが21歳のとき。以降、80年代のパンクシーンに強烈な足跡を残したパンク姉ちゃん。

 もっともMDR(Mitteldeutscher Rundfunk/中部ドイツ放送)では「パンクの母」と呼んでいたらしいけど。1955年生まれだもんね。

 そんな彼女が歌う『Over The Rainbow(虹の彼方へ)』は、一度見たら、夢にまで出てきそうな塩梅。でも、ドスの効いた歌声に圧倒され、も一度聴きたくなるから不思議。

 かつては日本公演もしたらしいけど、「パンクの婆」でいから再来日してくれないかな。

 元々は、ミュージカル映画『The Wizard of Oz(オズの魔法使い)』(1936年)の劇中歌だった『Over the Rainbow』だが、そのとき歌ったJudy Garland(ジュディ・ガーランド)は14歳。Ninaも可愛いが、こっちも可愛い。

▲Nina Hagen『Over the Rainbow』。バックのLeipzig Big band(イプツィヒ・ビッグバンド)は1999年に結成された若いバンド。

▲映画『The Wizard of Oz』(1939年)のJudy Garland。同年のアカデミー歌曲賞を受賞している。Judyは1969年、睡眠薬の過剰服用により死亡。享年47。

▲Eva Cassidy(エヴァ・キャシディ)『Over The Rainbow』。イギリスBBCラジオから彼女の歌が流れたのは2000年のこと。清らかな歌声にリスナーから問い合わせが殺到したのだが、そのとき彼女はこの世にいなかった。

▲Israel 'IZ' Kamakawiwoʻole(イズラエル・カマカヴィヴォオレ)『Over The Rainbow』。ハワイ州出身のシンガー。340キロを超える巨体からとは思えぬ美声。ちなみに小錦は284キロだった。

▲Straight No Chaser(ストレイト・ノー・チェイサー)『Over The Rainbow』1996年、インディアナ大学で生まれたアカペラグループ。

▲Patti LaBelle(パティ・ラベル)『Over the Rainbow』。Patti LaBelle & The Bluebells(パティ・ラベル&ザ・ブルーベルズ)の中心シンガー。一見、あき竹城のようだが、歌いぶりが見事。Apollo Theater(アポロ・シアター)でのライヴ映像だ。


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2017年02月08日

聴かずに死ねるか(74)青山ミチ その1 - カモナ・ダンス

 1月、青山ミチが死んだ。享年67。死因は急性肺炎。長い間芸能活動から遠ざかっていたとはいえ、さびしいものだ。そこで哀悼の意を表して、かつて掲載した「ダイナミック昭和歌謡」の11から14までを再掲載することにした。

2013年02月16日 ダイナミック昭和歌謡(11)

 昭和36年(1961年)、横浜市立港中学校1年生八木フサ子は、ジャズ喫茶主催の素人ジャズコンクールで入賞。それをきっかけに、翌年、グラモフォン・レコードからデビューした。「青山ミチ」の誕生である。

『Music Life』誌(同37年10月号)の<さあ、みんなで読みましょうスターの近況です>によると、『グラモフォン・レコードからデビューした混血娘、初めての吹込みでは「カモナ・ダンス」をパンチのきいた見事なフィーリングで歌い担当ディレクターもビクッリ。すでに二枚目のレコードも「Vacation」「可愛いいセニヨリータ」と決定。はやくも11月にはLPも出るそうで将来を期待されている』とある。

 Wikipediaには『父親は在日米軍の黒人兵であった』と書かれているが、当時を知っている人によれば白人系だったそうだが、いずれにしても父親の顔も知らないミチを、音楽雑誌でも当たり前のように「混血娘」と表現してしまうように、周囲から醜い差別やいじめにあったことは事実だったようだ。

 初吹込みの『カモナ・ダンス』は、担当ディレクターがビックリしたように、録音から51年後の現代に生きる私たちでもビックリ。「パンチのきいた・・・」などという陳腐な言い方では表現しきれない超弩級の歌声なのである。新宿ACBでのライヴ録音というふれこみでスタジオ録音。『かっこいい11人〜東京ジャズ喫茶めぐり〜』としてレコード発売された。

▲青山ミチ『カモナ・ダンス』。昭和37年12月発売。

▲青山ミチ『ヴァケイション』。昭和37年10月発売。


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2017年02月10日

聴かずに死ねるか(75)青山ミチ その2 – 恋はスバヤク

2013年02月17日 ダイナミック昭和歌謡(12)

 デビューから1年後。『Music Life』誌(昭和38年8月号)に掲載された<私の人気スター評>に青山ミチが登場した。ただし、人気スター礼賛ではない。

 書き出しはこうだ。『去る二月二四日、青山ミチは行方不明でマスコミを騒がせた。人気も登り坂にたった時だけに、びっくりもしたし、いろいろ世間でも取り沙汰された。そして五月十三日に再び失矇事件を起したのには、誰しもア然としたことだろうし、なにかアブノーマルな感じを受けた人も多かったろう』。

 そのあと『彼女の歌について気の付いた点』を述べている。『第一に奔放でよろしい。リズム感とかパンチとか云うものが身についている点。血は争えぬことを感じさせる。おそらくこれからも終戦っ子、昆血児たちが、日本人種の体質を段々とバタくさく変えて行くことだろう。それも結構だ』。

 一見、ほめているようで、そうでないようなビミュ〜なニュアンスだが、筆者が不明なので上から目線ぶりをとやかく云うことはできないのが残念。

 で、またもや苦言。『青山ミチの場合は、特殊なケースとも云える環境に生れて来ているにもかかわらず、非常にカラッとしているのが良い』のだが、『とに角何はともあれ、一寸常規を逸している。子供だと云っても、十四才にもなって白分の行動に責任が持てないと云うのはいささかアブノーマルだと思う。セロニアス・モンクが、ステージの上で踊ったり行方不明になったりするのとは一寸違う』。

 小学校を卒業して2年しかたっていない女の子に対し「アブノーマル」と云い切り、さらにセロニアス・モンクを引き合いに出すとは・・・。

 そして結論。『もし彼女をそう云う気持にさせた責任が周囲にあるとしたら、これも考えなければならない問題だろう。例えば、遊びたい盛りの少女を(体は大きいが)歌手として取り扱う以上、それなりの配慮があっても良いのではないだろうか。しかし一方、当人もそんなに遊びたい盛りなら、歌手を廃業して自由勝手にお遊びなさいと云いたい。やはりどっちかにフン切らなくちゃあ』。

 坊主あたまにするぐらいで許してやればいいのに。日本にホンモノが生まれないのは、陳腐な倫理観を振りかざす評論家の存在が原因なのではないか・・・と思ってしまうのであった。

▲青山ミチ『恋はスバヤク』。昭和39年4月発売。

▲青山ミチ『恋のブルース』。昭和45年9月発売。


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