2016年04月02日

人生処方箋(21)長谷川きよし 別れのサンバ

 別れの理由は定かではないが、男は去ったようだ。

 グラスを見つめる女は、相手の「心の奥の淋しさ」がわからなかったことを悔やんでいるが、そんなことを悔やむ必要はない。心のひだの数まで数えられて喜ぶ男は、そんなにいないと思うからだ。

 世間では、その態度を上から目線という。小中学生の母親ならいざしらず、付き合っている相手に憐憫の情など出しちゃいかん。

 もし、淋しい自分をわかってもらえなかったという理由で男が去ったのなら、男も男だ。きっとどこかで、ママに似た女を探しているに違いない。

 だから別れて正解。サンバのリズムに乗って、ウブ男の門出を祝ってやろう。

▲長谷川きよし『別れのサンバ』。作詞作曲/長谷川きよし。昭和44年発売。もっと流行るかと思ったが、人気はそこそこだった。

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生処方箋

2016年04月04日

人生処方箋(22)美川憲一 お金をちょうだい

 おそらく、同棲カップルの別れ話だと思う。別れに際し、相手に「お金をちょうだい」とストレートに言い放ってしまう女性の冷静沈着さに恐れ入る。

 相思相愛の関係だったのに、どのような事情があるにしても、別離をむかえなければならないというのは、大げさに言えば驚天動地の出来事。

 たいていの場合、夢も希望も一瞬に消滅し、絶望の淵に縮こまるしかないと思われるのだが「お金をちょうだい」・・・堅実だ。

 ただし希望金額は「あんたの生活に影響しない程度」で、「アパートを借りられる」だけの額。あとはナンとかするし、ガマンする。そのほうが「あんたはサッパリするんじゃない」。しかも「過ぎ去った日々には感謝するけど、怨んでませんよ」だって。

 ・・・堅実な女だと思ったけれど、「か弱くて純情で真っ正直な自分」のアピールは余分だったね。要するにイヤ味な女。ひと言で済むことを、あ〜だこ〜だと説明するあたり、男が女をイヤになった原因だと思われるのだが。

 あ〜だこ〜だと展開しないと歌にならないけど。

▲美川憲一『お金をちょうだい』。作詞/星野哲郎、作曲/中川博之。昭和46年発売。発売当時、NHKで歌唱禁止とされたそうだ。品がないからか、あるいは脅迫めいているからか。不明。

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生処方箋

2016年04月06日

人生処方箋(23)松山惠子 お別れ公衆電話

 駅の喫茶店から、未練がましく、相手にお別れの電話をしてしまう自分を「馬鹿ね馬鹿だわ」と責めるところが共感を呼んだのだのだろう。かなりヒットした曲。

「こんな女」と自分自身を卑下。男の前から姿を消さなければならない理由は不明だが、少なくとも、男とは不釣り合いだと決めつけ、自分から身を引く決心をしているのは確か。

 でも、好きな気持ちがあるから、やるせないというわけ。

 好きだから苦しい・・・という女心の二律背反は、今どきの青少年には理解しがたいことだと思われる。しかも、自ら悲劇のヒロインという立場になりたがる気持ちもわからないに違いない。

「駅に飛んで来ないで・・・なんてサ、男を試してるみたいじゃん」と言われるのがオチ。

 要するに、スマホ時代には理解しがたいドタバタ劇なのだ。別れの最終ポイントが駅の喫茶店だった時代なら成り立つが、いつでもどこでもLINEでつながることができる今どきでは、ホンキでサヨナラするにはメルアド変更やLINEブロックなどをせねばならず、情緒に溺れているヒマなどない。

 JR宇和島駅構内に『お別れ公衆電話』を記念した電話ボックスが設置されているらしいが、おケイちゃんのドレスでは入ることは不可。晩年でも裾幅3.5メートル、重さ20〜30キロもあったんだから。

▲松山恵子『お別れ公衆電話』。作詞/藤間哲郎、作曲/袴田宗孝。昭和34年発売。虚勢貼りまくりの小林幸子の衣裳とくらべ、おケイちゃんは下町のフランス人形風で好感が持てる。

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生処方箋

2016年04月08日

人生処方箋(24)夏木マリ それからどうするの

 どうやら手練手管が空振りしているらしく、口説き中の男に、あけすけに「それからどうするの」と問う女・・・なんだか楽しそうな展開である。

 男のことを好きなのか嫌いなのかハッキリしないが、「本気で口説け」と言っているのだから、まんざらではないことだけは確か。

「真面目に恋をする男は、恋人の前では困惑したり拙劣であり、愛嬌もろくにないものである」とは哲学者カントの言葉だが、恋愛に不慣れな男が「教科書通り」に進行しようとすると、齟齬をきたすのはやむをえない。

 それを承知の上で恋愛ゲームを仕掛けているのだから、性悪女だとも言えなくもないが、「教科書通り」と思わせて実は虎視眈眈と狙っている性悪男の場合もあるから、お互いさま。

 ただし、これだけは言える。この手の女はキスをするとき目を閉じない・・・ま、そこまで進行すればの話ではあるが。

▲夏木マリ『それからどうするの』。作詞/阿久悠、作曲/川口真。昭和49年11月10日発売。本名中島淳子で純情派アイドルとして歌手デビュー。ただし売れず、しばらくキャバレー回りをしていたらしい。

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生処方箋

2016年04月10日

人生処方箋(25)華ばら 幻のブルース

 追えば追うほど相手が逃げていくというのは恋の道理。でも、「わたしゃお前に火事場のマトイ、振られながらも、熱くなる」ってなもんで、消化不良の愛は、さらに過激な行動を起こしがちだから要注意。

 中には、妻帯者を追っかけた女が彼の実家に招待されたこともあったが、それは例外中の例外。それでも、目的(接近)は達したが目標(結婚)は逃してしまったから、失敗。

 こんな場合、追いたい気持ちをガマンして、冷静沈着、愛の作戦を練ったほうがいい。「酒の力で夢が近づく」はずはなく、「地獄の底」に落ちるのが関の山。

 でも、たとえ作戦成功で目的が達成されたとしても、「あついあついと言われた仲も、三月せぬ間にあきがくる」ってなことになりがちだから、追って逃げられたら、そいつとは縁がなかったものとあきらめたほうが人生有意義だと思う。

▲華ばら(フラワーショー)『まぼろしのブルース』。作詞・作曲/藤本卓也、編曲/高橋城。発売日不明。浪曲で鍛えただけあって、華ばらの歌は超ド迫力。ベース(寺川正興)の躍動感も素晴らしく、繰り返して聴きたくなる。すると、華ばらが愛おしくなってくるから不思議。

▲フラワーショウの「歌謡漫談」。昭和50年代のテレビ録画。華ばら(左/ギター担当)、華ぼたん(中央/リーダー)、華らん(右/華ゆりの代理)。ばらとぼたんは故人。

▲佐久間浩二『まぼろしのブルース』。作詞・作曲・編曲/藤本卓也。昭和44年発売。当初、佐久間浩二の曲としてリリース。ギラついたファズと、お間抜け風フガフガ「クィーカ」が愉快。スローテンポなので演歌っぽい。

▲勝彩也『まぼろしのブルース』。作詞・作曲/藤本卓也、編曲/竜崎孝路。昭和47年発売。見事なラテンサウンド。一番売れたのは、まとまりの良さだと思われる。同じ曲なのに演歌臭さは皆無だが、無難すぎると思う。

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生処方箋