2016年03月02日

人生処方箋(06)セッちゃんとぼく 二人の太陽

 曲のタイトルではなく、歌っているのがセッちゃんとぼく。セッちゃん=白川セツコ(18歳)、ぼく=鵠沼僕(19歳)。

 しょっぱなから、あんたが太陽とお互いに褒めちぎるところが照れくさいが、恋愛初期の場合、しかたがない。で、照れることなく出かけたところが銀座。

 当時の銀座はオシャレ街の代表格。場末感漂う渋谷新宿池袋とは一線を画していたから、純情無垢な青少年がデートするには格好の場所。

 4丁目イエナ書店で外国絵本のページをめくり、みゆき通りでみゆき族の仲間入り、数寄屋橋不二家でランチしたあと、封切り映画で日が暮れる・・・お金がないなら、ないなりに楽しく過ごせたのが銀座だった。

 では、今どきの銀ぶらデートは楽しいか。資生堂パーラーでランチできるくらいの予算があれば別だが、高速下の焼肉ランチバイキングで済ませようと考えているのなら、要注意。

 中国人旅行客とトングの取り合いに勝てる自信があれば別だけど。

▲セッちゃんとぼく『二人の太陽』。昭和44年発売。作詞/井田誠一、作曲/船木謙一。出だしのルンルルルンはこれでいいのか。なんだか調子っぱぐれで、ノリノリ気分がしぼんでしまう。

▲和泉雅子・山内賢『二人の銀座』。昭和41年9月発売。作詞/永六輔、作曲ベンチャーズ。『二人の太陽』と同じようなシチュエーションだが、「星もネオンもオイラたちのモノ、二人だけの銀座だもんね」といった厚かましさが特徴。

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2016年03月04日

人生処方箋(07)わかばちどりとその応援団 だめ

 お座敷・宴会ソングだ。艶っぽいお姉さん(わかばちどり)の投げかけに、オヤジ(応援団)が即答する展開。たいがいのコトは「あアいいですよ」だが、ある一線を越えたとたんに「だめだ〜め」となる。

 このやり取りで思い出すのは、昭和30年代に人気を博した東宝喜劇『社長シリーズ』。社長(森繁久彌)、総務部長(加東大介)、社員(小林桂樹)たちとバーのマダムとの丁々発止だ。

 たとえ男と女の際どい内容であっても、陰にこもらず、実に小粋にこなしてしまうのは、男も女もオトナだからなのだろう。洗練された流儀は一朝一夕で身に付くものではない。おそらく、星の数ほどの失敗を積み重ねた結果なのだと思う。

 今どきの青少年は、幼少の頃から失敗しないように生きる術を心得ていて、人生の機微とかアヤといった面倒な事柄に面と向かうことはない。すべてスマホが解決してくれるからだ。

 いわゆるコミックソングなのだが、聴けば聴くほど奥が深い・・・と思っているのは、映画館で『社長シリーズ』を観た世代のオジオバだけだったりして。

▲わかばちどりとその応援団『だめ』。作詞/丘灯至夫、作曲/市川昭介。昭和56年10月1日発売。昭和30年代ではなく50年代。

▲東宝喜劇『社長道中記』(予告編)。監督/松林宗恵。昭和36年公開。軽妙洒脱。日本映画の良き時代の映画だ。

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2016年03月06日

人生処方箋(08)灰田勝彦 燦めく星座

 明るいスチールギターの音色に続き、いきなり「男純情の〜♪」とくるから圧倒される。「男の純情」でもなく「純情男」でもない。どこかキリリとしている。

 女の場合は「純真」か。でも「女純真の〜♪」では収まりが悪く、なんだかウソっぽく聞こえるから不思議。大上段に構えた見栄っ張り歌は、女には似合わないのかも。

 失恋にしろ得恋にしろ、当事者は客観的に顧みることが出来ないのだから、とりあえず些末な事柄は脇に置き、美辞麗句を並べて歌ってしまうというのが正しいかも。

 この曲、元々は南旺映画『秀子の応援団長』(監督/千葉泰樹)の挿入歌だったのだが、高峰秀子が歌う主題歌『青春グラウンド』(A面)よりヒットしてしまったらしい。なんと40万枚の大ヒット。

 ところが、軍部からクレームがつく。裏声混じりの甘く切ない歌声が感傷的で軟弱だというわけ。でも実際は、「星」が問題になったのだ。日本陸軍階級章は、二等兵(★)一等兵(★★)上等兵(★★★)のように神聖な星なのだ。それを流行歌で軽々しく歌うとは何ごとか、というわけである。

 結局、昭和18年に歌詞の一部を改めて再収録。「改訂版」として発売されることになる。以下が改訂された部分。

1番
男純情の 愛の星の色 ⇒ 男純情の 清い星の色
春を呼んでは夢見ては うれしく輝くよ ⇒ 若い青春の喜びを たたえて輝くよ

2番
何故に流れくる 熱い涙やら ⇒ 雨の降る宵も 時は消えやせぬ
これが若さと云うものさ 楽しじゃないか ⇒ 雲のかなたで僕を呼ぶ 楽しじゃないか
生きる命は一筋に 男のこころ ⇒ 国に捧げて一筋に 男のこころ

 戦後、ビクターが再発するのだが、改訂版ではなくオリジナル版である。

▲灰田勝彦『燦めく星座』。作詞/佐伯孝夫、作曲/佐々木俊一。昭和15年発売。動画のレコードは同21年10月の再発盤だ。

▲昭和18年発売の改訂版。「愛の星」「夢見」「熱い涙」などが書き換えられた。

▲南旺映画『秀子の応援団長』(監督/千葉泰樹)。

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2016年03月08日

人生処方箋(09)カサノヴァ・7(セッテ) 夜の柳ケ瀬

 恋の痛手に耐えかねて、一人で繁華街柳ケ瀬(岐阜市)をさまよっちゃうのだが、青少年の好いた惚れたじゃあるまいし、いい歳してアホちゃうか・・・などとは思わず、分別あるオトナだってこうなっちゃうのね、と思って聴くべき。

 とはいえ、素直なオトナではないから、いろいろ言い訳じみた言葉で自分をかばっていて、悲劇の主人公気取りがハナにつく。どうせ柳ケ瀬に来たのだから、「なじみの酒場」でナンパでもすればいいのに。

 風が吹くと花が散る、恋もそんなもんだと言うが、ソレとコレでは別問題。二度と恋をしないと言い切ってはいるものの、こういうタイプ、ホレっぽいから、またやらかす予感。

 3年前の昭和41年、美川憲一『柳ケ瀬ブルース』の大ヒットで柳ケ瀬は有名になったが、こちらは恨み辛みの女歌。日本演歌の宿命かもしれぬが、これでもかというくらいのメソメソ感が、落ち込んでいる自分を慰めてくれるのかね。

 要するに、この手の歌は、恋愛がうまくいっているとき、不幸な境遇の男女をあざ笑うかのように歌うべき。バチが当たって不幸になったら、手拍子しながら春日八郎『お富さん』を歌おう。

▲カサノヴァ・7『夜の柳ヶ瀬』。作詞作曲/柴田博。昭和44年6月15日発売。歌っているのはイタリア人グループ。転調のおかげでポップな雰囲気になっている。

▲美川憲一『柳ケ瀬ブルース』。作詞作曲/宇佐英雄。昭和41年4月1日発売。120万枚を超えるヒットになった。柳ケ瀬商店街に「柳ケ瀬ブルース歌碑」がある。

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2016年03月10日

人生処方箋(10)エディ稲垣 心臓破りの恋

 落ちぶれてしまった女の意気込みを、臆面もなく赤裸々に綴った覚悟表明ソング。どうやら原因は男にありそうなのに、懲りもせず、信じ続けて生きていきたいと明言するあたり、もはや不治の病だと思うけど。

 たとえ世の中がひっくり返ろうが私は私・・・という出だしは素晴らしいのだが、あんたの愛にすがっちゃお、信じちゃお、命かけちゃお・・・となるから先行き怪し。案の定、心臓心臓と連呼し、締めは曲名どおり「心臓破りの恋」がしたいで終曲。

 ハートブレイクは失意あるいは失恋の意。でも「心臓破り」にはそんな意味はなく、おそらく心臓が破裂しそうなくらいドキドキする状態、要するに「激しい恋」をしたいということなのだろうが、立て続けに「心臓〜♪」「心臓〜♪」では、相手の男もひっくり返る。

 カントリー系の歌手だったエディ稲垣は、『熱い別れ』(昭和45年)でレコードデビュー。『心臓破り・・・』(同46年)は3枚目のリリースに当たる。野太い声で歌われる女歌は心地良いが、「心臓〜♪」だけはドスの効いた脅しのように聴こえるから、案外、女のしたたかさを歌っているのかもしれない。

▲エディ稲垣『心臓破りの恋』。作詞/大吉十三、作曲/森川登、編曲/ブルーノ・ダラポッサ。昭和45年発売。演歌のようで演歌でない。あえてジャンルをつくればスマート演歌か。

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